生活保護費の引き下げが違法と判決されましたが、今後どうなりますか?


目次

1.事案の背景

  • 日本の 生活保護法 において、国(具体的には 厚生労働省)は、 “健康で文化的な最低限度の生活” を営むことができるように、保護を受ける世帯に対して「生活扶助基準」という支給水準を定めています。
  • ところが、2013~15年頃にかけて、この生活扶助基準が 平均約6.5%、多い世帯では10%近くまで引き下げられた という実態があります。
  • この引き下げの理由として、国側は「物価が下がった=デフレだから調整した(=デフレ調整)」「給付体系と低所得世帯の消費実態とのズレを直す(ゆがみ調整)」という説明をしています。

2.今回の裁判で何が争われたか

この裁判(代表的には大阪・愛知の訴訟)では、主に以下の点が争点となりました。

(1)基準の引き下げそのものが問題か?

国は、生活扶助基準の改定・引き下げについて、一定の裁量を持っており、政策判断・専門的検討が必要である、という立場をとっていました。
しかし、裁判では引き下げを「違法」として、その根拠・手続き・過程が正当であったかどうかが問われました。

(2)手続・過程(どういう根拠・検討があったか)が適正か?

裁判所は、「基準の水準が妥当か」を直接判断するわけではなく、むしろ「その改定にあたって、行政(厚生労働大臣・厚生労働省)がどのように検討し、専門的知見・統計・手続を尽くしたか」をチェックすべきだ、という枠組み(「判断過程審査」)を採っています。
具体的には、「統計データとの合理的な関連性」「専門的知見との整合性」「基準部会など審議機関を経ていたか」などがポイントです。

(3)裁判所の判断

そして、2025年6月27日、 最高裁判所 第三小法廷は、今回の引き下げについて「違法である」と認めました。
細かく見ると:

  • 「ゆがみ調整」(給付体系と低所得世帯実態とのズレを直す)については、ある程度検討があれば許容されうるという判断も出ています。
  • しかし「デフレ調整」(物価が下がったから一律に基準を下げる)について、物価変動率だけを指標にして、専門的知見・審議機関を経ず、引き下げを一斉に実施した点を「裁量の逸脱・濫用」と判断しました。
  • 結果として、引き下げに基づいた保護費の減額処分を取り消す判決がなされました。

3.なぜ「違法」とされたか(ポイント)

以下の点が、違法とされた主な理由です。

  • 基準の引き下げが、単純に「物価が下がった」という理由だけで行われており、その算定過程や根拠が十分に説明・検討されていなかった。たとえば、被保護世帯の消費構造・品目・実態が必ずしも一般世帯・物価指数と同じではないという点が考慮されていないという指摘があります。
  • 審議機関(たとえば、社会保障審議会の「生活保護基準部会」など)が十分な検討を行っていないまま、大臣の判断で進められたという点。
  • 「健康で文化的な最低限度の生活を営む」(憲法25条1項・生活保護法3条)という目的を軽視して、削減ありきの政策判断になっていたという点を、裁判所が指摘しています。

4.あなた(利用者・元利用者)にとって「何が起きるか」/「どうなるか」

この判決を受けて、利用者・元利用者の方々には次のような影響・展開が考えられます。

● 減額を受けていた処分の取り消し

引き下げに基づく「減額処分」が違法とされており、「取り消すべき処分」であるという判断が出ています。つまり、制度上「その減らされた分」は、本来の基準で支給されていた可能性があるということです。

● 差額支給・賠償・補償の可能性

  • 判決は「本来受けるべきであった基準との差額を支給すべきである」という方向性を示しており、関係する弁護士会・支援団体も「補償を直ちに講じるべきだ」と求めています。
  • ただし、実務的には「いつ・どの範囲で」「どの世帯に」「どの期間分を」「どのような手続で」差額を支給するのか、明確に確定していない点が報じられています。

● 今後の基準改定・制度運用の見直し

  • 判決を踏まえ、今後同様の基準引き下げを行う場合には、専門委員会による審議・検証・利用当事者の意見等を反映すべきだという指摘があります。
  • また、制度として「最低限度の生活保障」が今後どのように担保されるか、政策的な議論が高まる可能性があります。

5.留意すべき/まだ確定していない点

  • 判決が出たとはいえ、 全ての利用者・元利用者に対して直ちに差額が自動支給されるわけではありません。実務的な道のりがあります。
  • 対象となる期間・世帯・地域・構成(独身・夫婦・子どもあり等)によって事情が異なります。ご自身の世帯が「引き下げ時期」「対象世帯」に当たるかどうか確認が必要です。
  • 国・自治体の対応がこれから具体化する段階です。たとえば、 社会保障審議会 生活保護基準部会では、2025年8月以降、専門委員会で議論を始めています。
  • 裁判で「国家賠償請求」が認められるか、精神的損害など含めた補償がどこまで行われるかについては、判決内で限界が示されており、全てが確定しているわけではありません。

6.「自分の場合はどうか」をチェックするためのポイント

もしご自身またはご家族がこの問題の影響を受けているか確認されるなら、以下のような項目を確認されるとよいでしょう。

  • 引き下げが行われた 時期 がご自身の受給開始時期・受給中期に重なっているか(2013~15年頃が主要な引き下げ実施時期です)
  • ご自身の世帯構成(単身、夫婦、子どもあり、子どもなし、障害者あり等)が、当時の基準改定対象になっていたか
  • 当時の支給額/引き下げ前の基準額がどの程度であったかを把握できる資料(自治体の通知、福祉事務所の説明書、支給決定書など)
  • 今後の救済(差額支給・補償)に向けて、訴訟・相談を行っている弁護士会・支援団体があるかどうか
  • 自治体・福祉事務所で「基準改定による影響に関する説明/救済手続き」が行われているかどうか確認する

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この記事を書いた人

東京都行政書士会墨田支部所属の富森翔太です。
相続、許認可、会社設立等の業務を行なっています。
行政や法律に関する疑問や手続きについてわかりやすく発信していきます。

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